1979年

鎌倉の関野光延君が、女房とのお別れに来てくれました。1979年、オレは21歳、女房19歳、光延君高校1年生、そんな時にオレ達は出会いました。宮崎へ向かうフェリーボートの中でした。関野聡君はまだ中学生でした。ハレイワからマービンフォスターも初来日していて一緒でした。この旅から自分の人生が大きく変わった気がします。舵は思い切りサーフィンに傾いたのです。そんな旅を共にしたオリジナルメンバーの逝去に光延君が駆けつけてくれました。女房に聞こえるように2人で2時間ほど、懐かしい話しに花が咲きました。宮崎のこと、ハワイのこと、和田に来た時のこと、鎌倉にお邪魔した時のこと、いろいろな話しに花が咲きました。「通夜や告別式に来てもゆっくり話せないからね、こんな時お邪魔してごめんね!」そう言って光延君は立ち去りました。ありがとうございました。またゆっくり会いましょう!

1979年宮崎、左から眞弓、光延、コイドン、マービン。オレはカメラマン役でした。

これは、宮崎から3年後、ハレイワでマービンと再会した時のもの。またもオレがカメラマン役、、、あの清楚でおとなしい眞弓さんの若かりし頃。ハワイアンきってのヘビーロコにてビッグウエーバー、悪童マービンと肩組んで写真撮ってたんだぜ!そんな一枚です。なめたらあかんぜよ!ってか?向こうで女房のボディガードよろしくね🤙