日本語版、新刊到着~!
そんで今日はこの高校生が久々にサーフィンしに来た。
「久しぶり!」
「母ちゃんが就職決まるまで海はダメ!っていうから来れませんでした・・・」
こういう若者が、いつの日か、surfer’s journalとか愛読するようになったないいな・・・・・・・
親公認の遊びなんてたいしたこたぁねぇよ!
早朝、
自分の前にはライズシステムの車、
その前には波伝説の車、
なんか変な隊列。
前二台の車とは目的も目指す場所も全く違うから笑っちゃう!
波情報ビジネスも定着して久しい。
これを最初に試みたのは昭島電話局にいたN君だった。
1980年台も後半だったか・・・
ヨイナミゴーゴーみたいな番号で
単なるサービス情報として始まったと記憶する。
その頃から善意で情報提供していて、
盆暮れに僅かなお中元やお歳暮を貰うにすぎなかった。
だから情報も良い加減に提供していた。
で
ダイヤルQ2がスタートして一気に有料情報へと移行し現在に至る。
当時、
波情報を提供してお金がもらえるなんて信じられない時代で、
DROPOUTの林先輩が
「オタク達が有料情報で利益を得ているのに
こちらがその情報を無料で提供するのは腑に落ちない。
報酬は得て当然でしょう?」
と切り出したのは鴨川のココスでだった。
「いつかはそのことをお話しなければと思っていました・・・」
相手の返答に
おれとノンキーのハルさんは顔を見合わせほくそ笑んだ。
波情報提供料を一番最初にせしめたのは俺達だったと思う。
Q2の頃は音声情報だったから右の耳から左の耳へと流れちゃう。
文字情報に比べたらクレームも少なくて、
二日酔い、海も見ないで
「波はヒザコシで・・・・・・」
なんて情報流すと
「鴨川クローズしてますけど平気ですか?」
しっかり確認すると真っ白な海に呆然としたり、
そんなことがままあった。
ま、おおらかな時代だった、と言えなくもない。
波情報で早起きは続かなかったから2~3年やった後、飽きてやめちゃった。
もう10年以上も前の話・・・・・
今は時間も情報内容も当時に比べたらかなり緻密らしい。
あ~、話がとんでもない方へと脱線した。
自分が早朝車を走らせる目的は・・・・・